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歴史小説

中国古代王朝「商」の名宰相伊尹を書いた小説「天空の舟」宮城谷昌光著

中国古代王朝「商」の名宰相伊尹を書いた小説「天空の舟」宮城谷昌光著

以前にも書きましたが、宮城谷昌光氏の歴史小説が好きで、何度も読み返しています。以前には「孟嘗君」について投稿をしました。今日は、「天空の舟」の紹介です。「天空の舟」は、名宰相「伊尹」を主人公にした小説です。中国の歴史小説では、伝説的宰相として「伊尹」の名が出てくることが多いですが、「伊尹」について書かれた小説や書籍はほとんどありません。それは、歴史的事実としてはわかっていることが少ないからなのだと思います。宮城谷昌光氏は、司馬遷の史記などを徹底的に調べて、読み解いて小説を書かれるのですが、近代に近づけば近づくほど創造の幅が狭まるのでしょうか。「伊尹」や「太公望」であったり、「晏嬰」にでてくる案弱、「孟嘗君」に出てくる白圭など創造的に作られた人物ほど魅力的な人物として書かれていると感じます。

 

中国古代王朝「商」の名宰相伊尹を書いた小説「天空の舟」

古代中国は、夏王朝→商王朝→周王朝→秦と続きます。夏王朝は紀元前2,000年~1,600年ごろにあった王朝です。従来、伝説の王朝とされてきましたが、発掘調査などにより実在するのではないかといわれている王朝です。

その夏王朝から商王朝(殷)への革命を成功に導いた稀代の名宰相が伊尹です。伊尹を題材にした小説は少ないですが、中国歴史小説を読むと伊尹の名は伝説の宰相として会話の中に出てきます。古代中国、特に春秋戦国時代~秦~三国志の小説においては、過去の名宰相や大将軍が会話の中で出てきます。そういう意味では古い時代の小説から読む方が楽しみが増えます。

例えば、三国志の中で、諸葛亮公明が自分のことを管仲・楽毅に例える場面が出てきますが、管仲・楽毅のことを知っているのと知っていないのではその言葉の受け取り方が変わってくると思います。

とはいえ、人に勧めるときにどれから読むべきかは難しいところです。面白い本から勧めたい一方で、先ほど例に挙げたように歴史小説だけにその小説以前の時代にあったことが予備知識としてないとわからないことが出てくるわけです。個人的には、宮城谷昌光氏の著作は「太公望」→「孟嘗君」と読んで面白ければ、歴史順に読んだらいいと思っています。

宮城谷昌光氏の著作は小説の展開だけでなく、言葉の意味、語源がわかる面白さもある

宮城谷昌光さんの小説の面白さは小説の展開そのものの面白さのうえに、言葉を大事にされているということがあります。そして、現在に使われている漢字や単語に対する発見があるということにあります。

たとえば、この「天空の舟」のほとんど冒頭の33ページ目に下記のような一文があります。

包人は肉を割くことについて、烹る(にる)こともできなければならない。料理のことが「割烹」と呼ばれる所以である。

もともと調理をする人は動物を解剖することと烹ることができなければいけないかったということです。割烹という単語はよく聞いても、なかなかその成り立ちまで知る機会というのはないかと思います。こういった発見が次々と出てきます。

伊尹は、妲己(だっき)で有名な封神演義の時代よりさらに前の時代

本題ですが、この本は、夏王が傑という王の時代の話です。この王は紂王と同じような逸話があります。紂王とは次の時代に太公望が戦った王です。その王の后が妲己(だっき)という方が伝わるかもしれません。つまり、封神演義より一つ前の時代の話で、夏王傑と次の商王朝を作る湯王が戦うのですが、その湯王の宰相が伊尹です。ちなみに商王朝の次が太公望が作る周王朝です。

物語は、後に伊尹と呼ばれることになる主人公「摯(し)」の誕生から始まり、傑が夏王になり、湯王が一度辺境に追いやられた後に、帰還し傑を倒すという内容です。歴史小説である以上歴史は変わらないので、結果に対するサプライズはないわけです。一方で、むしろ結果を知っているが故にどうなっていくのかわくわくします。「天空の舟」の場合、「摯(し)」は調理人です。しかも、もともと夏王朝に仕えています。それが、なぜ湯王とともに夏王朝を倒していくのかは、先が読めない展開が続きます。

古代において王朝が変わるというのは価値観の変化。ビジネスにおいてトップ企業が変わるのと同じ

また、古代というのは私たち現在人とは違う価値観を持っています。その価値観がいろんな変節がありながら少しずつ現在に近づいてくるわけです。王朝が変わるというのはその価値観の変化です。その変化もまた新鮮な驚きを得れます。現在に近づけば近づくほど、歴史小説(ある意味戦争小説)は戦略的な話になりますが、古代史においては価値観の変化こそが戦いの主流です。これは、現在のビジネスにおける価値観の変化によるトップの変化と同じとも言えるかもしれません。

「天空の舟」は2回読んだのですが、随分前なので、正直これくらいしか思い出せません。。。ですが、私が読んだときに付箋を貼っている部分を少し紹介していきます。私の付箋は、大きく2つのことに貼っています。ひとつは、「古代中国の習慣や文化」、もう一つは、「自分自身の参考としたい考え方など」これは、私自身のメモに近いのですが、もし、興味があれば、本書で探してみてください。

・伊尹の伊は、伊水のこと。尹は聖職者のこと。(古代においては祭政一致)
・夏王朝は太陰暦であったようで、文字をもたない夏の民族がどうやって暦を作成しえたのかわからない。
・虹は、古代の人々の日常生活・・略・・不可解な現象であった。かれらには虹をうつくしいと感ずるほどの美意識はなかった。つぎの小王朝の人々は虹を「龍が水を飲みにくる象(かたち)」としてとらえた
・夏王朝でもっとも尊ばれた色は黒。
・「師」というのは「旅」より規模の大きい軍隊のことである。→「旅」とはもともと軍隊の規模を表していた。
・商民族は遊牧民族ではなかったか ~略~ 一大発明品を完成した。二頭の馬に車を引かせる「兵車(戦車)」である。
・天の気は、人中にはいって生気にかわり、その気が地にぬければ、人は死にます。したがって人気とは、天気と地気とにほあかならない。人を知る者は、天地を知り、天地を知る者は、人を知る、-自明の理です。→「摯(し)」が隠遁生活をしていたのに、天下を切り盛りできるかという問答の一節。
・いわば宗教戦争である夏の神は「水(河)」であり、商の神は「光(太陽)」であるというように、両社ともに崇拝するのものは自然神であり、その神の優劣をきめる戦い。
・堵(と)(城壁のこと)を乗り越えるわけにはいかない。 ~略~ 堵のなかには屍体が埋められており、そこを乗り越える者がいれば、死者の霊によって呪われると信じられている。
・北尊南卑が中国の伝統的な席次だが、太陽をあがめる商では南が高く来たが低いという考え方があったらしい
・過去に夏王を伐った王臣がいた。「羿(げい)」がそれだが ~略~ 副臣の寒浞(かんさく)に暗殺され ~略~だれも革命とはいわない。反逆でしかない。
・むかし成湯すでに命を受く ときにすなわち伊尹(摯(し))のごときあり
・人事について、適材適所とは、言うほど易くできない。組織の頂点に立つ者は洞察力を養わねばならない。それには人を見抜く天性の勘のほかに知識と経験とが要る。まして勇気がいる。
・湯の生活態度:「先王、昧爽(まいそう)に丕顕(ひけん)し、坐してもって旦(あした)を待ち、旁(ひろ)く俊彦(しゅんげん)を求め、後人を啓迪(けいてき)す」
湯は未明に起きて、坐したまま日の出を迎え、広く優秀な人材を求め、商のあとを継ぐ者たちの啓発し指導したと。
かれは人の上に立っている者へは、くどいほどに「聴け、聴け」といった。聴くことが政治だといった。
・古代のひとびとが考えたすぐれた為政者とは、聖徳をもっている人といった哲学的な範疇になく、人間は力学的に観察されたようで、「平衡感覚にすぐれた人」というのが、その理想像ではなかったろうか。

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